歴史・文化
しゃけどおり

社家通り

◆社家とは
 代々特定神社の奉祀を世襲してきた家の事をいいます。 
 弥彦神社の場合は、大神様である天香山命に代々世襲してお仕えし、祭祀や社務を執り行って来た家の事です。  弥彦神社の社家の数は、現存史料初見の鎌倉時代には75軒とありますが、時代の変遷があり江戸時代には24軒~25軒であったようです。 明治4年(1871年)の太政官布告により世襲による社家制度は、廃止されました。
 
 弥彦の旧社家は、言い伝えとして天香山命の子孫といわれる人達や、天香山命と共に大和の国から弥彦に随行してきた人達の子孫が、代々世襲して大神様に仕えてきたと言われています。  現在においても、旧社家のうち約半数の家の方達が「社家通り」近辺に住居を定め暮らしています。

 

 

◆社家通り
 弥彦神社一ノ鳥居を正面に見、神社境内に沿って左右に伸びている通りを「社家通り」と呼んでいます。
 
 「社家通り」の名前の由来は、古来より明治45年の弥彦大火以前まで、下図の様にこの「通り」を挟んで弥彦神社に先祖代々奉祀する神官の家(社家)が建ち並んでいた事にちなんでいます。
 明治45年の弥彦大火以降、「社家通り」の神社側は「火除け地」とするため住宅を移転する事となり、現在は神社境内の一部となっています。

 

 

弥彦神社 旧神官居宅地 粗絵図(明治7年3月)

 

 

 

◆しめ縄(注連縄、〆縄)
 弥彦神社の旧社家や弥彦神社を信仰する家は、しめ縄を玄関・神棚・床の間・裏玄関・土蔵などに1年を通して飾っています。
しめ縄は、12月28日か30日に新しいものを飾り、1年後に取換えます。
そして取り外したしめ縄は、大晦日に神社のお炊場に持参し焼きます。

 

 古事記では、天照大神が天岩戸に二度とお隠れにならないように、しめ縄を張ったとされています。
 縄で結界をつくる事で神様が占める場所を表しているといわれています。さらにそこに不浄なものが入らないように魔除けの役割もあるとされています。
 しめ縄を1年中飾るという文化は、伊勢志摩地方にも存在しています。

 

 弥彦神社の旧社家や弥彦神社を信仰する家のそのしめ縄の長さは、基本的な6尺と9尺の他に、飾る場所に合わせた長さのものがあります。そしてしめ縄の形状は、縄の下に七本・五本・三本の藁を垂らし、垂らした藁の左側に、糸の字の象形を成す「紙垂」(しで)(「矢垂れ」「八垂れ」ともいう)をつけます。

 

◆玄関の造り
 弥彦神社の旧社家の家の造りの特徴として、「式台付表玄関」と「通用玄関」の二つの玄関ある事です。両方の玄関とも、上記しめ縄が飾られています。
 「式台付玄関」(9尺幅が基本)は、冠婚葬祭や家督相続(弥彦では「官位相続」といいます)などその家の重要な儀式に利用され、普段は柵などにより閉じられています。
 その隣のもう一つの「通用玄関」(6尺幅が基本)は、日常生活の通用口として使用されます。

 

 玄関が二つある造りの家は、江戸時代においては武家屋敷なども同様です。

 

 

 


(弥彦社家文化保存会)

 

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