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弥彦名物の一つとして「玉兎」があります。兎は、お土産品としてだけではなく弥彦の象徴としても弥彦駅の鬼瓦をはじめ其処此処にその姿を見ることができます。ここでは、本年の干支"卯年"にちなんで、弥彦と兎の縁起について紐解いてみたいと思います。
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JR弥彦駅舎の鬼瓦 |

神社建築のJR弥彦駅 |
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【弥彦大神と兎の伝説】
大昔、弥彦山には多くの兎が住んでおり、毎日里へ下りては田畑を荒らすので里人は困り果てていました。これを聞かれた弥彦大神は、さっそく山中の兎をみんな集めて大切な田畑を荒らすことのないようにと諭しました。すっかり恐れ入った兎たちは、以後絶対に里に下りていたずらをしませんと固く誓ったので、それからは被害がなくなったといいます。
村人たちは大変喜び、大神様の前にかしこまって、お諭しに耳をすまして聞いている兎たちの丸くなった姿を米の粉で形作って献上したところ、大神はこの菓子を喜ばれて「良幸餅…ウサチモチ」と名づけられたということです。
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| (↑昭和25年6月20日に使用開始された弥彦郵便局の風景印) |
【玉兎菓子・土産品としての起源】
記録に残っているところでは、文政4年(1821)に石瀬村(現新潟市西蒲区)出身の本間貞作が考案したものといわれています。本間貞作は石瀬村本間兵左衛門の次男に生れ、畳職人として修業を積みながら、若い時に五泉町(現五泉市)に遊んで剪り花(生花)の技術を習得、後に弥彦に移り住み、畳職を家業とする傍ら、兎の形を模した饅頭を売り出したのが「玉兎饅頭」で、店頭に釜を据えてセイロを積み重ね、蒸したての熱い麦饅頭であったと推測されています。幕末に刊行された『越後土産』に「弥彦兎まんちう」の名が見られます。明治初年、製菓業者がアン入りの米粉菓を考案。その後、地元の製菓業者はこれを粉菓子(米の粉を使った打ち物)に改め、小粒の小南京菓子(小さく愛らしい菓子)が売出されました。
現在では、大形の耳だけ赤く色取ったものや、アン入りのもの、香せん兎、和三盆(上質の砂糖を使った菓子の材料)の玉兎など、様々な兎菓子が販売されています。
また、平成22年秋には、玉兎の型を用いて「ちょこっ兎」と命名されたチョコレートが発売され、新しい弥彦温泉の人気商品となっております。
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弥彦温泉観光旅館組合旅館各店で発売中♪ |
●スイス産クーベルチュールを使用
●弥彦玉兎の形状を再現しました
●県産越後姫を使用した苺をはじめ、7種類の味をお楽しみいただけます
●箱はアクセサリーケースとしてお使いいただけるエコ仕様です |
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