戦国時代に入ると越後守護の上杉氏と守護代長尾氏との対立が激化、長森原の戦い(1510年)で、長尾為景(上杉謙信の父)が関東管領上杉顕定を自刃に追い込み、事実上越後は守護代の長尾氏の支配下に置かれることとなります。
天文5 年(1536 年)、為景は長男晴景に家督を譲った後、まもなく没していまいます。為景の死後は、これを待っていたかのように国人領主たちの叛乱が相次ぎ、晴景はこれを抑えきれず、春日山城下の林泉寺にいた当時14
歳の弟の景虎(後の上杉謙信)を栃尾城に配置しました。 |
当時の黒滝城主「黒田秀忠」は三条城主長尾俊景らとともに守護代長尾晴景に謀叛を起こします。晴景は当時栃尾城に配されていた弟の長尾景虎(後の上杉謙信)に命じ、処分しようとしましたが守護上杉定実の取りなしにより、秀忠は丸坊主になって他国に逃れることで、助命を赦されました。しかし、秀忠は密かに領内に戻り黒滝城に一族を集め、抗戦の構えをとったので、定実の同意の上、天文15
年(1546 年)、景虎は激怒して討伐、黒田一族はことごとく自刃して滅びました。時に景虎はわずか16 歳でした。若き日の上杉謙信・景虎が武名を轟かせる格好の演出の場となったわけです。
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【黒滝城跡より越後平野を望む】 |
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(2007 年NHK 大河ドラマ「風林火山」で、ミュージシャンのGackt 扮する長尾景虎の登場シーンが、この黒滝城討伐の場面でありました。) |